
第44回長野県工芸展 総評
審査員長 榎本 徹
公募展が次から次へと姿を消していくなかで、公共団体の主催でもなく、新聞社の主催でもない、会員相互が助け合いながら応募展を維持している希有な公募展である。驚かされるのは、長く続いた展覧会でありながら、毎回新鮮な作品に出会うことである。このことは、ベテランと新人たちが、お互いに刺激し合いながら、会を盛り上げているということで、公募展のあるべき姿を示していると言ってもよい。今回もベテランと若い人たちの意欲的な作品が出品され、入賞作品にも、そのことがあらわれている。
長野県工芸会長賞は久しぶりの硯作品が入った。力強い作品である。その他の入賞作品も、ヴァラエティーに富んだ作品が並ぶ。素材も様々であり、スタイルも様々で、これからの展開を期待したい。
長野県工芸会長賞

「篆書象嵌硯」 泉 石心
中国の安徽省・江西省でとれる歙州(きゅうしゅう)と呼ばれる石材を使った硯。硬く緻密な石質で男性的な重厚感があると評される。12面体の側面を傾斜を付けながら面取りし、底部に近づくほど絞り込んで全体のフォルムをキリリと引き締めている。墨を擦る陸(おか)と呼ばれる部分はやや縦長の楕円に成形し、上方に墨を溜める海といわれるくぼみを彫り込んでいる。陸の左右は凹面に削り柔らかい表情を付けている。裏返すと底面を彫って接着剤と練った銀粉を埋め込んだ5行20文字の篆書の象嵌がある。前漢の劉向が編纂した故事・説話集『説苑』(ぜいえん)にある天子を戒めるための逸話の一節「土積もれば山となる」(寸陰を惜しんで学問すべきこと。わずかな土でも積もれば山となるの意味)を記入してある。
(鈴木 潔)
長野県知事賞

「山と白樺図水指」 早川 研夫
爽やかな印象の共蓋(ともぶた)付きの水指である。
水指の側面には、日本アルプスの山並みを遠景に、手前には白樺の林を描き、蓋にも雪景色の中の白樺を捉えている。蓋のツマミもまた白樺の一部を想わせる。
白樺の青い風景は、この作者が長らく取り組んできたモチーフだが、水指という形状に表現することで、より一層、新鮮な印象となった。
また染付のブルーと白の爽快な世界が、吹き墨という手法を用いることで、具象的、絵画的表現を、より柔らかく自然に見せている。
(外舘 和子)
SBC信越放送賞

「獣型香炉」 高地善之
堂々たる四つ足動物の形状をしたボリューム感ある陶芸作品であり、大型の香炉でもある。
作者によれば、頭、脚、胴などの各パーツを轆轤で成形して繋ぎ、一体にしたもので、中世ヨーロッパの騎馬の甲冑のイメージをヒントにしたという。表面の植物紋様や金色の釉薬も、そうした歴史や古典的な世界を想わせる。
そのうえで、香炉の蓋の造りなどを含め、全体としては現代的な造形表現となっている点がユニークである。
(外舘 和子)
長野県教育委員会賞

香合「蒼」 小坂 進
角を丸めた正方形の黒漆の香合。蓋から身に連続する十字形の象嵌は、鮮やかな色調のアワビの仲間の貝殻を埋め込んで研ぎ出したもの。上方の細かい貝片は玉虫貝、下方の広い面積の貝片はニュージーランド貝で、いずれも日本のアワビより濃厚な色彩を放っている。身の内側は緑を帯びた銀灰色に塗られている。小さいながら凝縮された蠱惑の美を放つ逸品。
(鈴木 潔)
信濃毎日新聞社賞

漆芸「漆芸寄木細工手箱」 白石 一成
寄木細工とは、色や木目の異なる天然の木材を組み合わせて巧みに幾何学模様を作り出す伝統木工の手法である。本作品は、カエデ、ケヤキ、クロガキなど、それぞれの色や木目の違いを活かし、規則的に配置することにより複雑な模様を作り上げている。茶系統のその色合いと、上蓋の角を落としやや丸みを帯びさせたことで、作品から温かみも感じられる。
箱の内部は朱漆で均一に塗られ、上蓋の内側には桔梗の家紋が押されており、細部にわたる丁寧な仕事ぶりが感じられる優品である。
(霜田 英子)
審査員賞

「鉄釉鉢」 丸山 正行
大型の鉢である。そこに鉄釉と白釉がかけられている。鉄釉には、作者も予想しなかったという斑点が効果的である。黒釉と言えば、まず天目茶碗が思い浮かぶが、意表を突く大型の作品に挑んだ作者の思いを評価したい。
そのスケール感は、優れた効果を上げており、黒釉イコール天目という常識に挑んだ作者の思いを高く評価したい。
(榎本 徹)
審査員賞

有線七宝香合「地球と月」 川田 真紀
蓋の隅に大地を歩く白い鳩4羽を配し、それらの中央に丸い月を表している。月の周囲は無線七宝によるおぼろげな色彩の塗り分けがある。縁の部分には細かい植物文が散らされ,シダや蔓草が繊細な銀線で表現されている。身の側面にも同様の植物があしらわれている。いかにも作者が楽しみながら制作したであろう風情がにじむ愛らしさが感じられ、小品であることをむしろ強みに変えた構成は秀逸。
(鈴木 潔)
審査員賞

「うごめくをみつめる」 竹内 君則
抑揚の利いた幾つもの筒状の形が、うごめき合い、ひしめき合いながら一体となり、内から外へのエネルギーを感じさせる。黒と赤で、そのフォルムの抑揚を巧みに強調しながら、全体が動き続けている印象を与える。
作者によれば、心の深層で生じる情動のようなものを表現したという。動き続ける作者の心情と、土の可塑性に基づく柔軟な形体が見事に合致し、生命力と存在感溢れる作品となった。 (外舘 和子)
審査員賞

「polar bear」 青木 映理子
前脚を体の前に置き、氷上に上半身をだしているようなシロクマ。首をやや左に向け、口を軽く閉じて、つぶらな瞳で遠くを見つめている。陶芸作品であるが、動物特有の柔らかさとボリュームを感じることができる。
シロクマの表情は思慮深く思索に富み、まさしく、作者が目指した「おでこを突き合わせて癒しを注入してくれる存在」を感じられる作品となった。
(霜田 英子)
入賞者・入選者
長野県県民芸術祭2025参加 | ||
第44回長野県工芸展 入選者名簿 | ||
主 催/長野県工芸会・SBC信越放送 | ||
共 催/長野県・長野県教育委員会・長野県芸術文化協会 | ||
後 援/信濃毎日新聞社 | ||
会 場/長野県立美術館 しなのギャラリー | ||
会 期/令和7年8月29日(金)~9月2日(火) | ||
入 賞 | 作 品 名 | 氏 名 |
長野県工芸会長賞 | 篆書象嵌硯 | 泉 石心 |
長野県知事賞 | 山と白樺図水指 | 早川 研夫 |
SBC信越放送賞 | 獣型香炉 | 高地 善之 |
長野県教育委員会賞 | 香合「蒼」 | 小坂 進 |
信濃毎日新聞社賞 | 漆芸寄木細工手箱 | 白石 一成 |
審査員賞 | 有線七宝香合「地球と月」 | 川田 真紀 |
審査員賞 | うごめくをみつめる | 竹内 君則 |
審査員賞 | 鉄釉鉢 | 丸山 正行 |
審査員賞 | polar bear | 青木 映理子 |
入選 | ||
作品名 | 氏 名 | 部 門 |
polar bear | 青木 映理子 | 陶芸 |
風が通る2 | 青木 一浩 | 陶芸 |
青釉白流し鉢~幻想の宙~ | 荒井 寿子 | 陶芸 |
鉄赤しのぎ鉢~陽彩~ | 荒井 寿子 | 陶芸 |
彼岸花大皿 | 荒井 由起美 | 陶芸 |
窯変チタン壷 | 石坂 徳平 | 陶芸 |
自然釉 茶・敷板 | 石坂 徳平 | 陶芸 |
篆書象嵌硯 | 泉 石心 | 諸工芸 |
瓦當圓硯 | 泉 石心 | 諸工芸 |
ウマノスズクサ刻文花器 | 伊藤 正子 | 陶芸 |
水指「ホオズキ」 | 伊藤 正子 | 陶芸 |
板塀の花 | 今井 芳郎 | 木竹 |
焼きしめアンフォラの壺 | 碓井 昭男 | 陶芸 |
花びら舞う | 碓井 昭男 | 陶芸 |
黒筒茶碗 | 宇都宮 良幸 | 陶芸 |
自然釉壷 | 宇都宮 良幸 | 陶芸 |
鈴音 | 太田 真帆 | 人形 |
蓮(七宝焼) | 大塚 里美 | 諸工芸 |
様々な禾目達 | 垣内 秋男 | 陶芸 |
焼締花器 | 垣内 秋男 | 陶芸 |
有線七宝香合 「地球と月」 | 川田 真紀 | 諸工芸 |
貝目焼締楕円柱 | 川又 啓一 | 陶芸 |
色線紋象嵌花器 | 木内 洋介 | 陶芸 |
翔つ | 北沢 幸男 | 陶芸 |
分福 | 北沢 幸男 | 陶芸 |
若き日に | 絹谷 よし子 | 陶芸 |
花の咲く里 | 木下 紀子 | 染織 |
冬の家族 | 木村 不二雄 | 染織 |
青く蒼く | 久保 さよみ | 染織 |
もっと碧く | 久保 さよみ | 染織 |
焼締千筋壺 | 小池 智久 | 陶芸 |
網代菓子皿「やまぼうし」 | 小出 文生 | 木竹 |
獣型香炉 | 高地 善之 | 陶芸 |
泥像・鳥 | 高地 善之 | 陶芸 |
菊華朱漆茶器 | 小坂 進 | 漆芸 |
香合「蒼」 | 小坂 進 | 漆芸 |
双葉ちゃん瑞穂ちゃん | 小林 双葉 | 人形 |
めぐりめぐるひと雫 | KOHAKU・ | 陶芸 |
刺繡絵画 雪中白鷺之図 | 斎藤 知子 | 諸工芸 |
露紅紗 | 斎藤 知子 | 陶芸 |
雫 | 酒井 弘幸 | 陶芸 |
ただ春の夜の夢のごとし | 酒井 弘幸 | 陶芸 |
長板中形藍染浴衣「童話.兎と亀より」 | 佐藤 亜都子 | 染織 |
花器 竹かご | 佐藤 重厚 | 陶芸 |
椿の図花瓶 | 篠田 明子 | 陶芸 |
漆芸螺鈿細工文箱 | 白石 一成 | 漆芸 |
漆芸寄木細工手箱 | 白石 一成 | 漆芸 |
亀甲青色釉水指 | 仙田 貴子 | 陶芸 |
染付捩花文飾皿 | 仙田 貴子 | 陶芸 |
葡萄 | 仙田 廣子 | 陶芸 |
番鳥(つがいどり)のランチタイム | 曽根 輝子 | 諸工芸 |
うごめくをみつめる | 竹内 君則 | 陶芸 |
やってみよっかなあ | 高田 治彦 | 人形 |
爆睡小僧 | 高田 治彦 | 人形 |
彩色組皿「光芒」 | 高柳 正美 | 陶芸 |
緑陰のぴょん | 高柳 正美 | 陶芸 |
明日へ | 月岡 栄子 | 諸工芸 |
信州りんごの デザートカップ | 月岡 唐十郎 | 陶芸 |
練上象嵌花紋陶筥 | 寺澤 里美 | 陶芸 |
Loulou 愛しい子 | 寺澤 里美 | 人形 |
欅製墨壺 | 寺澤 正夫 | 木竹 |
練上薔薇文組器 | 寺島 ひとみ | 陶芸 |
時 | 戸井田 紗代子 | 人形 |
くすぐったいよ | 戸井田 紗代子 | 人形 |
モンスター | 中野 祐子 | 陶芸 |
森の知らせⅠ | 中山 康 | 陶芸 |
森の知らせⅡ | 中山 康 | 陶芸 |
花藍「華」はる | 青天目 和之 | 木竹 |
砂塵を行く | 西澤 伊智朗 | 陶芸 |
山嵐 | 西澤 伊智朗 | 陶芸 |
練込貼花交差青線文花器 | 西村 純一 | 陶芸 |
彩泥壺 | 西村 みどり | 陶芸 |
六角焼締陶 | 野池 光昭 | 陶芸 |
焼締つぼ | 野池 光昭 | 陶芸 |
吹墨白樺並木図大鉢 | 早川 研夫 | 陶芸 |
山と白樺図水指 | 早川 研夫 | 陶芸 |
粉引茶碗 | 原 民雄 | 陶芸 |
水指 | 原 民雄 | 陶芸 |
寒い街 | 原山 桂子 | 人形 |
襖引手「涼風」 | 平林 義教 | 諸工芸 |
小さな演奏家 | 平林 みゆき | 人形 |
我が家のにゃ・うん | 平林 みゆき | 人形 |
カラス2 | 古月大夫 | 陶芸 |
朝鮮唐津水指 | 本間 友幸 | 陶芸 |
黒茶盌 | 本間 友幸 | 陶芸 |
”さあ”行くよ! | 松井 都矢子 | 陶芸 |
花形葡萄絵大皿 | 松本 邦之 | 陶芸 |
草を食む馬 | 松山 美由紀 | 陶芸 |
はごろも | 松山 美由紀 | 陶芸 |
油滴天目茶碗 | 丸山 正行 | 陶芸 |
鉄釉鉢 | 丸山 正行 | 陶芸 |
pp | 丸山 まゆみ | 陶芸 |
夢見心地 | 山口 栄子 | 人形 |
花を愛でる少女 | 山口 栄子 | 人形 |
白釉大皿ー花寄添うー | 山﨑 めぐ美 | 陶芸 |
彫紋花器ー葉音のしらべー | 山﨑 めぐ美 | 陶芸 |
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